大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和56年(ネ)711号 判決 1985年4月30日

主文

一  原判決主文第三項を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人に対し、金二二〇万円及びこれに対する昭和四九年一二月一四日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請負代金請求を棄却する。

二  控訴人のその余の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じこれを一〇分しその八を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判及び当事者の主張

別紙要約調書記載のとおり。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求の原因について

1  請求の原因1並びに2の(一)、(三)の事実及び2の(二)の事実のうち被控訴人が昭和四八年五月一〇日本件工事に着手したことは、当事者間に争いがない。

2  そして、請求の原因2の(二)の事実のうち本件工事の工期の特約については、成立について争いのない甲第二号証、原審における被控訴人代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件工事は第一観光社宅新築工事中の空調・衛生設備工事であつて(この事実は当事者間に争いがない。)、右社宅新築工事はいわゆる一括請負工事ではなく各部門毎に各業者が控訴人と直接契約を締結するいわゆる直営工事であり、本件工事も他の業者の工事の進捗状況に応じて行われるものであるところから、契約時に工期が定められなかつたことが認められ、右認定に反する原審における控訴人代表者尋問の結果は信用することができず、乙第四号証の一、二の各記載も右認定を妨げるものではなく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  また、請求の原因(二)の事実のうち本件工事の完成引渡については、原審における被控訴人代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、工事に瑕疵があつたかどうかは別として、被控訴人主張のころまでに被控訴人は工事を完成してこれを引き渡したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  抗弁について

1  抗弁1について

前記甲第二号証、成立について争いのない乙第一号証並びに原審における控訴人、被控訴人各代表者尋問の結果及び当審証人田中正次の証言を総合すれば、本件契約に基づく工事代金の最終残代金のうち四〇万円については、昭和四九年二月末ころ被控訴人、控訴人、訴外田中正次の三者間において、訴外田中がその債務を免責的に引き受ける旨の合意が成立したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、抗弁1は、理由があり、控訴人の支払うべき右工事代金の残金は三八〇万円となる。

2  抗弁2について

(一)  設備工事瑕疵一覧表1記載の瑕疵について

控訴人の主張にそう原審及び当審における控訴人代表者尋問の結果は、原審鑑定人野村順次の鑑定の結果(以下「野村鑑定」という。)並びに原審証人田原莠の証言(以下「原審田原証言」という。)に照らし信用することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。かえつて、右野村鑑定及び原審田原証言によれば、地下一階の排水ポンプの機能は正常であり、排水量も排水ピツトの雑排水及び年間平均量程度の地下湧水に対応した能力を有することが認められる。したがつて、控訴人の主張は採用することができない。

(二)  同2、3記載の瑕疵について

成立について争いのない甲第三号証の一ないし二七、同第四号証の一ないし四四、野村鑑定、原審田原証言及び当審証人田原莠の証言(以下「当審田原証言」という。)並びに原審及び当審における被控訴人代表者尋問の結果によれば、本件契約においては、給湯設備工事の配管は(なお、温水プール工事の配管は給湯設備工事の配管とは別個の工事でありこれに含まれない。)銅管及び銅継手を使用することになつており、また貯湯タンクは鋼板製で内部を亜鉛メツキすることになつていたこと、本件工事では、給湯配管はポンプ回りの一部の継手に鋼管製のものを使用している外は銅管を使用していること、配管の保温工事はされていることが認められ、また、当審証人北野赤雄の証言(以下「北野証言」という。)及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第五号証ないし第七号証によれば、貯湯タンクは鋼板製で内部はエポキシ樹脂塗装をしてあつたことが認められる(この認定に反する野村鑑定、原審及び当審田原証言並びに原審及び当審における控訴人、被控訴人各代表者尋問の結果は、いずれも推測を述べるものであるから採用することができない。)。

原審及び当審田原証言によれば、配管に管と異質の金属の継手を使用した場合にはその部分に迷走電流が流れ管内部の亜鉛メツキを剥離させ赤錆発生の原因となる可能性のあることが認められる。したがつて、契約と異なりポンプ回りに鋼管製の継手を使用したことは工事の瑕疵になるものというべきである。そして、野村鑑定によれば、遅くとも控訴人が右瑕疵に基づく損害を被つたと考えられる昭和四八年一二月末当時の右配管の変更工事費は二四万円であることが認められる。

また、貯湯タンク内については前記認定のとおりエポキシ樹脂塗装がされていたものであるが、野村鑑定及び北野証言によれば、エポキシ樹脂塗装は亜鉛メツキと比較して同等又はそれ以上の錆止めの効果があるものと認められ、契約と異なる右塗装をしたことをもつて工事の瑕疵ということはできない。そして、控訴人の赤錆発生についての主張は、タンク内に防錆処理がされていないか亜鉛メツキがされていることを前提とするものであるから(なお、当審田原証言によれば、迷走電流による塗装の剥離は、亜鉛メツキの場合に生ずるものであることが認められる。)、その余の点について判断するまでもなく理由がない(なお、野村鑑定並びに原審及び当審田原証言によれば、湯に赤錆の混入するのは主として貯湯タンク内に発生した赤錆によるものと認められるが、右田原証言及び北野証言によれば、貯湯タンク内の赤錆の発生と湯への赤錆の混入については、湯の使用状況にも相当の関係があり、また赤錆の発生を防止するためには使用者においてその内部塗装を二、三年毎に行う必要があり、野村鑑定もその鑑定調査が貯湯タンクが設置されてから五年を経過した後に行われているため本件における赤錆の発生の原因については推測を述べるにとどまり必ずしもこれを明らかにしているものとはいえず、貯湯タンク内の赤錆の発生を直ちに本件工事の瑕疵に基づくものと断定することはできないものというべきである。)。

(三)  同4記載の瑕疵について

控訴人の主張にそう原審及び当審における控訴人代表者尋問の結果は、野村鑑定に照らし信用することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。かえつて、右野村鑑定によれば、地下プールの濾過機には特に異常は認められず、濾過能力も正常であることが認められる。したがつて、控訴人の主張は採用することができない。

(四)  同5記載の瑕疵について

野村鑑定によれば、排水管には塩化ビニールパイプのVU管が使用されていることが認められる。控訴人は排水管にはVP管を使用することになつていたものであると主張し、原審及び当審における控訴人代表者尋問の結果中にはこれにそう部分があり、甲第四号証の二の図面(施工図)中の排水管の表示にもVPと記載された部分がある。しかしながら、成立について争いのない甲第三号証の一三、野村鑑定、原審及び当審田原証言並びに原審及び当審における被控訴人代表者尋問の結果によれば、本件契約の積算明細表の内容としては排水管はVU管を使用することになつていたこと、VPの表示は塩化ビニールパイプの総称としても使用されること、右施工図は被控訴人が作成したものであるがそのVPの表示は塩化ビニールパイプを表示する趣旨で記載したものであること(なお、VU管とVP管との差はその肉厚にあるが、家庭においては通常熱湯をそのまま排水することはなく、使用後の排水の温度は七〇度以下であり、その程度の温水を流す場合にはVP管とVU管とでその機能及び耐久性に差はない。)が認められ、これらの事実に照らして前記控訴人代表者尋問の結果は信用することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがつて、控訴人の主張は採用することができない。

(五)  同6記載の瑕疵について

揚水の際配管が大きな音を立てて振動する旨の控訴人の主張にそう原審及び当審における控訴人代表者尋問の結果は、野村鑑定及び原審田原証言に照らし信用することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。かえつて、右野村鑑定及び原審田原証言によれば、揚水配管に異常はなく揚水時における振動もごく僅かなものであつて、配管の中間に収縮膨張パイプを入れる必要はないことが認められる。したがつて、控訴人の主張は採用することができない。

(六)  同7記載の瑕疵について

野村鑑定及び原審田原証言によれば、配管のため梁及び壁にあけたスリーブの補修は貫通パイプを梁及び壁にコンクリートで埋め殺し、シーリングプレートにより蓋をするのが通常の処置であるところ、本件工事においては貫通部分を充分塞いでいない点が手ぬきであり、右瑕疵の修補に要する工事費は遅くとも控訴人が右瑕疵に基づく損害を被つたと考えられる昭和四八年一二月末当時において金二万円であることが認められ、右認定に反する原審及び当審における被控訴人代表者尋問の結果は信用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(七)  同8記載の瑕疵について

控訴人の主張にそう原審及び当審における控訴人代表者尋問の結果は、野村鑑定及び原審田原証言に照らし信用することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。かえつて、右野村鑑定及び原審田原証言によれば、パツケージからダクトに送風する音はパツケージの容量からみて異常音ということができないことが認められ、音に対する反応には個人差があり、通常発生する音響以下に音を下げるように施工するには特別の合意を要するものと解されるところ、本件契約において右の点について特別の合意のされたことをこれを認めるに足りる証拠はないから、控訴人の主張は採用することができない。

(八)  同9記載の瑕疵について

地下の排水ピツトの防水が不完全であることを認めるに足りる証拠はない。かえつて、野村鑑定及び原審田原証言によれば、地下湧水の大部分はコンクリート床スラブと同上部シンダーコンクリートとの境界面からのもので地下室外壁及び土間床コンクリートに発生したクラツクやピンホール等を通して流入しているものであることが認められ、排水ピツトの防水の不完全に基づくものであるとは認められないから、控訴人の主張は採用することができない。

(九)  同10記載の瑕疵について

冷凍機の自動弁が勝手に動くとの控訴人の主張を認めるに足りる証拠はない。かえつて、野村鑑定によれば、エアコンの機能は正常であることが認められるから、控訴人の主張は採用することができない。

(一〇)  同11記載の瑕疵について

野村鑑定及び原審における控訴人代表者尋問の結果によれば、排水ピツトの水を中庭に散水することができるように配管がされていないことが認められる。しかしながら、野村鑑定によれば鑑定時には中庭は設計変更により洋室になつていたことが認められることに原審における被控訴人代表者尋問の結果を併せ考えると、右配管については控訴人代表者との間においてこれを行わなくともよいとの合意ができたため被控訴人はこれを行わなかつたものと認められるから、右配管がされていないことをもつて本件工事の瑕疵ということはできない。

(一一)  同12記載の瑕疵について

野村鑑定によれば、消火栓は鑑定時には設置されていなかつたことが認められる。しかしながら、原審における被控訴人代表者尋問の結果によれば、右消火栓の設置については本件工事の契約内容にはなつていなかつたこと、その後控訴人代表者の要請によりこれを設置することとなり被控訴人は一旦これを設置したが、後に取り外されたものであることが認められるから、消火栓が設置されていないことをもつて本件工事の瑕疵ということはできない。

以上によれば、控訴人は、(二)の二四万円及び(六)の二万円の合計二六万円の瑕疵の修補に代わる損害賠償請求権を有するところ、控訴人主張のような相殺の意思表示がされたことは当事者間に争いがないから、右相殺の意思表示により、本件手形金債権中二六万円及びその原因債権である本件工事残金二六万円が消滅したものというべきである。したがつて、抗弁2は、右の限度で理由がある。

3  抗弁3について

原審における控訴人代表者尋問の結果により控訴人主張のとおりの写真であると認められる乙第五号証の一、当審証人北川朝春の証言(以下「北川証言」という。)により真正に成立したものと認められる同第七号証の一、二並びに原審及び当審における控訴人代表者尋問の結果によれば、昭和四九年六月ころ本件工事の行われた建物の二階の床下部分に湯又は水がしみ出して床下にひろがり、一階玄関の天井から漏れてきたため、同年七月ころ株式会社ハウスメンテナンスが二階の床をはがして配管を修理し、床を張り替え、控訴人はその工事費として六〇万二一一〇円を支払つたことが認められる。しかしながら、控訴人代表者は右本人尋問において給湯管の継手(銅製)に亀裂が生じ湯が漏れたものであると供述し、他方当審証人北川朝春は塩化ビニール管(そうであるとすると排水管ということになる。)の継手に亀裂が生じたものであると証言し、その故障個所については必ずしも明確ではないが、北川証言によればその亀裂の生じた原因については不明であること、原審における被控訴人代表者尋問の結果によれば被控訴人の行つた本件工事後に床張り等の他の工事が行われたことが認められ、他の業者が給湯管又は排水管を傷つけた可能性も否定することができないこと、右損害については被控訴人の本件工事についての瑕疵を追及するのに急な控訴人が本訴が提起された後初めてこれを主張していることを考え併せると、右湯又は水漏れが被控訴人の本件工事の瑕疵に基づくものと断定することはできないものというべきである。そうすると、抗弁3は理由がなく採用することができない。

4  抗弁4について

成立について争いのない乙第二号証、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によれば、昭和四八年一二月三一日、被控訴人は、控訴人に対し、右乙第二号証1ないし11記載の設備工事残、補修部分及び不良個所を昭和四九年一月一五日までに完成すること、もし同日までに完成することができない場合には一日一〇万円の割合による違約金を支払うことを約したことが認められる。

控訴人は、被控訴人が右約定による(一)給湯の赤錆発生原因の除去、(二)地下一階に消火栓を取り付けること、(三)配管のため梁、壁、床にあけた穴の補修、(四)排水管の取り替えの重要な瑕疵の補修を行つていないと主張する。しかしながら、右(一)及び(四)については乙第二号証の念書に明示されておらず、原審における被控訴人代表者尋問の結果によれば、右(一)及び(四)は右合意の対象にはなつていなかつたものと認められる。また(二)については前記2の(二)において判断したとおり瑕疵があるものとはいえず、(三)についてのみ前記2の(六)で判断したとおり補修がされていないものと認められる。

ところで、前記違約金支払の契約は一日について一〇万円という高額なものであるから、その支払義務が生ずる違反は右契約においてその工事又は補修を約したもののうちその補修費が合計一〇万円を超えるような重大な瑕疵が残存している場合に限られるものと解するのが相当である。しかるに、右認定の事実によれば、補修を約したもののうち(三)の瑕疵だけが残存しているものであり、その工事費が二万円であることは、前記2の(六)認定のとおりであるから、被控訴人は前記契約に基づく違約金支払の義務を負わないものというべきである。したがつて、被控訴人に右違約金支払義務のあることを前提とする抗弁4は、理由がなく採用することができない。

5  抗弁5について

本件手形が本件工事残代金支払のために振出されたものであることは、当事者間に争いがない。ところで、債務者が債権者に対し債務の支払のために約束手形を振出した場合において、右債権者が右債務者に対し右約束手形金の支払を求めて訴えを提起することは原因関係の債権の請求の手段としてこれを行うものであるから、右訴えの提起により約束手形金債権についての時効の中断のみならず原因関係の債権についての時効も中断するものと解するのが相当である。被控訴人が本件手形金請求訴訟を昭和四九年六月四日提起したことは当事者間に争いがないから、右訴えの提起により原因関係である本件工事残金債権についても時効の中断がされたものというべきである。したがつて、抗弁5は、理由がなく採用することができない。

6  抗弁6について

前記2で判断したとおり、本件工事の瑕疵は本件手形金債権との相殺を認められた損害賠償請求権の原因である瑕疵以外についてはこれを認めることはできないから、本件工事に右以外に瑕疵のあることを前提とする抗弁6は理由がなく採用することができない。

三  以上の次第で、控訴人の請求は、本件手形金について一三四万円及びこれに対する満期である昭和四九年五月一五日から支払ずみに至るまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める限度で、本件工事残代金について金二二〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな同年一二日一日から支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

よつて、原判決中これと異なる部分を変更し、その余の控訴を棄却し、訴訟費用について民事訴訟法九六条、九二条本文、八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

別紙

要約調書

第一 当事者の求める裁判

一 控訴人

1 原判決中控訴人敗訴部分及び東京地方裁判所昭和四九年(手ワ)第一二九六号約束手形金請求事件につき同裁判所が昭和四九年八月七日言渡した手形判決中原判決が認可した部分を取り消す。

2 被控訴人の請求を棄却する。

3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二 被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二 当事者の主張

一 請求の原因

1 約束手形金

(一) 被控訴人は、別紙手形目録記載のとおりの約束手形一通(以下「本件手形」という。)を所持している。

(二) 控訴人は本件手形を振り出した。

(三) 被控訴人は本件手形を満期の日に支払のため支払場所に呈示したが支払を拒絶された。

2 請負代金

(一) 被控訴人は給排水、衛生設備工事の請負を業とする会社であるが、昭和四八年五月一〇日、控訴人との間に左記のとおりの工事請負契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(1) 工事名 第一観光社宅新築工事に伴う空調・衛生設備工事(以下「本件工事」という。)

(2) 工事場所 東京都豊島区池袋本町一丁目一一番九号

(3) 着工時期 昭和四八年五月一〇日

(4) 請負代金 金一五九〇万円

(5) 支払方法 第一回 右契約時金四七〇万円

第二回 昭和四八年六月三〇日金五〇〇万円

第三回 完成引渡時金六二〇万円

(二) 被控訴人は右約定に従い昭和四八年五月一〇日本件工事に着手し、遅くとも昭和四九年一月一四日までに右工事を完成してこれを控訴人に引渡した。なお、工期の特約はなかつた。

(三) 控訴人は右請負代金のうち一一七〇万円の支払をしたが残代金四二〇万円の支払をしない。

3 よつて、被控訴人は、控訴人に対し、本件手形金一六〇万円及びこれに対する満期の日である昭和四九年五月一五日から支払済まで手形法所定の年六分の割合による利息、並びに前記請負代金残金の内金二六〇万円及びこれに対する本件工事完成引渡後で原審昭和四九年(ワ)第一〇三二三号事件の訴状送達の翌日である昭和四九年一二月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は全部認める。

2 同2のうち(一)及び(三)の事実は認める。同(二)のうち本件工事を完成の上被控訴人主張の日に引渡しがあつたこと及び工期の約定がなかつたことは否認し、その余の事実は認める。本件契約の工期は昭和四八年七月末日である。

三 抗弁

1(一) 本件契約による工事代金債務一五九〇万円のうち金四〇万円の債務については、昭和四九年二月末日ころ、被控訴人、控訴人、訴外田中正司間において、同訴外人が免責的にこれを引受ける旨の合意が成立した。

(二) 仮にそうでないとしても、被控訴人は、控訴人に対し、同日右四〇万円の債務を免除した。

2 本件工事には、別紙設備工事瑕疵一覧表(以下「瑕疵一覧表」という。)のとおりの瑕疵があり、その修補には同表の工事代金欄記載のとおりの工事代金がかかるので、控訴人は右工事代金計金九八五万五八二五円の修補に代る損害賠償請求権を有するから控訴人は同債権と本件手形金債権一六〇万円又はその原因債権である本件契約の請負代金残金(以下「本件工事残金」という。)中の一六〇万円及びその余の本件工事残金の合計三八〇万円とを対当額において相殺することとし、昭和五六年一月二一日の原審口頭弁論期日において右相殺の意思表示をした。3 仮に前項の主張が認められないとしても、控訴人は、被控訴人のした設備工事の不良により昭和四九年七月三一日ころ給湯管の一部が切れて湯が一階の天井より流れ出したために二階の床をはがして修理し、その費用として金六〇万二一一〇円を要したので、右不良工事による損害賠償請求権と本件手形金一六〇万円又はその原因債権である本件工事残金中一六〇万円及びその余の本件工事残金の合計三八〇万円とを対当額で相殺することとし、前項と同様の意思表示をした。

4 仮に前各項の主張が認められないか認められた損害賠償額が被控訴人の請求権に達しないときは、被控訴人と控訴人とは、昭和四八年一二月三一日に、本件工事に関するすべての補修工事を昭和四九年一月一五日までに完成し、もし右期日までに補修を完成することができない場合は違約金として工事完成まで一日金一〇万円を支払う旨約していたところ、被控訴人は(一)給湯の赤錆発生原因の除去、(二)地下一階に消火栓を取り付けること、(三)配管のため梁、壁、床にあけた穴の補修、(四)排水管の取り換えの重要な瑕疵の補修をいまだに行つていないから、控訴人は、右違約金として金三八〇万円以上の請求権を有するので、これと本件手形金一六〇万円又はその原因債権である本件工事残金中一六〇万円及びその余の本件工事残金の合計三八〇万円とを対当額で相殺することとし、昭和四九年一一月二二日の原審口頭弁論期日において右相殺の意思表示をした。

5 以上の主張が理由のないときは、本件手形は本件工事の代金支払のため振出されたものであるところ、本件手形の原因債権に相当する本件工事残金中被控訴人が本訴で請求していない一六〇万円については、本件工事が終了した昭和四八年一二月下旬又は同四九年一月一五日から三年を経過した同五一年一二月下旬又は同五二年一月一五日に消滅時効が完成したので、控訴人はこれを援用する。したがつて、控訴人は本件手形金の支払義務はない。

6 仮に被控訴人の本訴請求の全部又は一部が認められるとしても、本件工事残金の支払は本件工事の瑕疵の修補と同時履行の関係にあるところ、控訴人は、右修補に代わる損害賠償請求権との相殺の意思表示をした昭和四九年一一月二二日までは瑕疵の修補の請求をしていたので、右同日までは遅延損害金は発生しない。

四 抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実は否認する。

2 同2ないし4の事実のうち各主張の日に相殺の意思表示があつたことは認めるがその余は否認する。右2の控訴人主張の工事の瑕疵についての被控訴人の主張は別紙設備工事瑕疵一覧表の被控訴人の主張記載のとおりである。

3 5の事実中、本件手形が本件工事代金の支払のため振出されたものであることは認めるが、その余の主張は争う。

4 6の主張は争う。

五 再抗弁

被控訴人は、控訴人に対し、昭和四九年六月四日本件手形金の請求訴訟を提起した。約束手形を授受した当事者間の合理的意思解釈として約束手形の交付はその原因関係の債務の支払のためにされるものであるから原因関係の債権を行使することを排除しているものであり、したがつて、約束手形債権を行使することによりその原因関係の債権の時効も中断すると解すべきである。

六 再抗弁に対する認否

被控訴人がその主張の日に本件手形金請求訴訟を提起したことは認める。手形債権と原因関係の債権は別個の債権であるから、右訴えの提起は原因債権の時効を中断しない。

別紙

設備工事瑕疵一覧表

番号 控訴人の主張 工事代金 被控訴人の主張

1 地下一階のポンプが回らない。 (補助ポンプを使用して排水をしている。) 三万〇〇〇〇円 否認する。正常に作動している。 (不知。補助ポンプは本件契約に定めがない。)

2 後記第一の主張の補足のとおり、給湯の配管及び継手に契約どおりの材料を使用していないので多量の錆がでる。品質の悪い管を使用している。配管に保温工事をしていないので給湯の温度が下りやすい。 一二五万五一二五円 否認する。給湯配管につき使用材の特別の指示はない。配管には、日本鋼管製以外の配管をしたところも住友金属製又は三機工業製を使用し、右は業界で日本鋼管製とともに三社ものといわれ、品質には差異がない。なお、後記第二の主張の補足のとおりである。配管には、グラスウールを巻くなどの保温工事をした。

3 後記第一の主張の補足のとおり貯湯タンクの内部メツキが契約のとおりにされていないので多量の錆が湯にまじつて出る。 一五〇万〇〇〇〇円 否認する。後記第二の主張の補足のとおりである。

4 地下プールの水を濾過する濾過機がスムーズに回らない。 八万〇〇〇〇円 否認する。

5 排水管は肉厚の厚いVP管を使用するよう指定したのに肉厚の薄いVU管を使用したために、熱い湯を排水すると接合部分がはずれたり管に亀裂を生ずるおそれがあるため水で温度を下げて排水をしている。 三五九万一八五〇円後記第三のとおり。 不知。排水管は見積書によればビニール管を使うことになつているからVU管を使用すれば足りる。

6 地下一階の受水槽より屋上の貯水タンクまで揚水ポンプで水を揚げる際、配管の中間に収縮膨張パイプを入れていないため、カンカンと大きな音を立てて振動する。 三〇万〇〇〇〇円 不知である。収縮膨張パイプについては、設計図に指示がなく、本件工事の内容になつていない。

7 配管のためコンクリートにあけた穴を塞いでいないため、下水よりパイプを伝わつて多量のゴキブリが室内に侵入する。 一八万〇〇〇〇円 穴を塞いでいないことは否認する。その余は不知。

8 パツケージに接続しているダクトのブリキが極めて薄く、またブリキに斜めの筋を入れて補強していないためパツケージから風を送るたびにバランバランと大きな音がし振動する。 一五万〇〇〇〇円 否認する。通常の板厚のものを使用した。

9 地下の排水ピツトの防水が不完全であるため排水ピツトの中に外部の水が多量にしみこんでくるため、高圧の配電盤に水がかぶり漏電のおそれがある。(現在予備ポンプを設置) 二七六万八八五〇円 否認する。控訴人主張の漏水は排水ピツト以外のスラブ(床)からのものであり、スラブは被控訴人のすべき工事ではない。

10 冷凍機の自動弁が勝手に動き機械が作動しない。  不知。

11 地下の排水ピツトの水を中庭に散水できるように指示したがしていない。  配管後控訴人の指示により撤去した。

12 地下一階に消火栓を取り付けるよう指示したがしていない。 二九万〇三七〇円 取付後控訴人の指示により撤去した。

第一 控訴人の2、3の給湯の赤錆関係の主張の補足

一 給湯配管及び貯湯タンクについての控訴人と被控訴人との契約内容

1 給湯配管及び継手

(一) 給湯配管は日本鋼管製の鋼管を使用し、継手も鋼製の継手を使用するとの約定であつた。

(二) 仮にそうでないとしても、給湯配管には銅管を使用し、継手は銅製継手を使用するとの約定であつた。

2 貯湯タンク

(一) 貯湯タンクは、鋼板製のタンクを被控訴人において製作し、その内部は白メツキで被覆する約定であつた。

(二) 仮に白メツキで被覆する約定でなかつたとすれば、内部は亜鉛メツキをする約定であつた。

二 被控訴人が現実に施工した工事内容

1 給湯配管及び継手

鋼管の継手と銅管の継手との双方を使用した。これは電蝕による赤錆発生の原因となる。したがつて、右工事には瑕疵がある。

2 貯湯タンク

(一) 貯湯タンクは鋼板製であるが、内部はなんらの防錆処理をしていない。したがつて、右工事には瑕疵がある。

(二) 仮に防錆処理がしてあつたとしても、内部に亜鉛メツキをしたにすぎない。白メツキをする約定であつた場合には、それは工事の瑕疵になる。

三 赤錆の発生

給湯配管及び貯湯タンクの双方に多量の赤錆が発生し、これが給湯内に混入した。

四 前記工事の瑕疵と赤錆発生の因果関係

1 給湯配管内の赤錆発生との因果関係

被控訴人が給湯配管と継手に鋼管質のものと銅管質のものとの双方を使用したため配管と継手に迷走電流が流れて電蝕作用を起こし、これによつて配管及び継手から赤錆が発生した。

2 貯湯タンク内の赤錆発生との因果関係

(一) 貯湯タンク内になんらの防錆処理をしていなかつた場合

防錆処理がないために赤錆がタンク内に発生したものである。

(二) 貯湯タンク内に亜鉛メツキの防錆処理をしてあつた場合

前記のとおり、配管と継手に銅管質のものと鋼管質のものとの双方を使用したため迷走電流が流れ、これがタンク内に電蝕作用を起こし、タンク内部の亜鉛メツキを剥離させ、タンク内に赤錆を発生させたものである。

五 以上のように、給湯内に赤錆が混入するのは、被控訴人の右工事の瑕疵によるものと言うべきである。そして、これを補修するためには、

1 配管及び継手の取り換えに金一二五万五一二五円

2 貯湯タンクの補修に金一五〇万円

を必要とする。

六 仮に右二の主張の全部又は一部が認められずかつ貯湯タンクの内部に亜鉛メツキがしてあつたとしても、次のとおり右工事には瑕疵がある。

1 亜鉛メツキの貯湯タンクは一年か一年半しか防錆効果をもたず、そして、一度据え付けた貯湯タンクの亜鉛メツキをやり直すことは不可能である。

2 本件建物においては、右貯湯タンクから台所や風呂に給湯する構造になつている。したがつて、一年や一年半位しか使用することのできない給湯設備を設置するのが不適当なことは明らかである。

3 被控訴人は、設備工事の専門家であるから、右の事情をよく知つていたはずである。仮に知らなかつたとすれば、重大な過失がある。

4 本件契約においては、貯湯タンクは被控訴人の製作品を設置する約定であるところ、右契約は、長期間台所や風呂に給湯可能な(勿論きれいな湯の供給)給湯設備の設置を目的とし、そのためそれに耐えうる貯湯タンクの設置が契約の内容とされていたのであるから、仮に契約の見積書どおりに施工したとしても、被控訴人の右工事には瑕疵があるものと言うべきである。

5 したがつて、前記二の主張が認められないとしても、被控訴人は右工事の瑕疵を補修するために前記の費用を必要とする。

第二 被控訴人の主張の補足

一 被控訴人は、給湯配管に銅管と鋼管の双方を使用したが、鋼管を使用したのはごく一部であつて、これをもつて工事の瑕疵とみるべきものではない。本件工事が行われた昭和四八年ころにおいては、迷走電流による電蝕作用により錆が発生することは専門の設備業者間でも明らかにされていたものではなく、専門業者間において電蝕作用が一般常識化されたのは早くとも昭和五三年ころからであり、また右現象は銅管と鋼管の双方を使用した場合にのみ起こるものではなく、鋼管のみ又は銅管のみを使用した場合にも起こりうるものであり、したがつて、銅管と鋼管の双方を使用したことをもつて工事の瑕疵とみるべきものではない。

二 給湯の赤錆発生の原因は、控訴人の過失によるものである。すなわち、被控訴人は、貯湯タンクについて、その内部をエポキシ樹脂塗装をもつて完成させたものであるが、右塗装は二、三年に一度の割合で塗り替える必要があるところ、控訴人においては、かかる塗装管理をせず、そのために赤錆が発生したものである。このような管理を控訴人においてすべきことは、被控訴人が仮に白メツキ塗装をした場合であつても同様である。

第三 控訴人の5の工事代金の主張の補足

VP管の耐用年数は一般的には四〇年位であるが、VU管を高温の排水管に使用した場合にはその耐用年数は長くとも二〇年前後である。したがつて、控訴人は被控訴人が排水管にVU管を使用したことによつて二〇年も早く排水設備の取り替え費用を支出しなければならないこととなつた。そして、その取り替え費用は金一〇〇〇万円位であるから、二〇年早く金一〇〇〇万円を支出することによる損害は一年間の損害を五分とすると二〇年間で一〇割すなわち一〇〇〇万円の損害となり、その内金として三五九万一八五〇円を主張するものである。

手形目録(手形判決添付と同一につき省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例